たかが一言に命を懸ける、伊達と酔狂と意地のぶつかりあい、「論理的対局」
「今かけ直そうか届けようか。でも残りは小銭だけだから、もう郵便局に駆け込むしかないのか」
吉祥寺駅で若い男のこの一言を漏れ聴いたその刹那、紅露寺結子17歳の瞳は青く青く燃えた。彼女とともにそれを聴いた吉祥寺警察署長・司馬警視正の唇は、思わず嘆息をこぼした。そう、結子は一字も容赦しない。ましてや、かくも淫靡でいかがわしいテクストならなおさらだ。この文がみだらに蔵匿する、その戦慄すべき恐ろしい真意よ……
かくてふたりは今日もまた、ふたりの戦場・古喫茶「リラ」にて論理的対局の死闘を繰り広げる。一言一句、一手一手に命を懸けるふたりの指し合い斬り合いの果て、結子はこのテクストの「真実」を王手詰めにし、司馬署長を投了させることができるのか? その司馬が最後に紫煙を紡ぐとき、このテクストはどのような激変をみせるのか?
この勝負、詰むや詰まざるや。
著者のひとこと
「今かけ直そうか届けようか。でも残りは小銭だけだから、もう郵便局に駆け込むしかないのか」(春の章)
「もう出られます、雨だからいい店でよかった。警察は恐いけど、体ひとつの簡単な仕事だし。はい連絡はこっちのスマホに」(夏の章)
「冬が七時間か八時間かはもう忘れたけど、男でもまるまる十五時間は長すぎる。ましてやビジネスにしないならなおさらだ」(冬の章)
「二年以上もやるビジネスなのに一週間とは短い。ましてや表紙が緑ならなおさらだ」(同)
……これらのフレーズのみから、また作品内で開示されている手掛かりのみから、女子高校生と警察署長が論理の舌鋒で対戦し、それぞれが証明したいテクストと世界の真実を突き詰めてゆきます。これは無論、ケメルマン『九マイルは遠すぎる』を徹底的に踏襲したものですが、大きな変更点があります。それは、主人公らの対局が開始された時点で、証明に必要な事実は全て読者に開示されていること=本格ミステリ的フェアネスの徹底です。
光文社
- 発売日
- 2023.5.30